目次
  1. あの小さな枠が、私の最大の敵だった
  2. 秘密兵器①「見える」を変える——拡大鏡とリーディングルーペ
    1. なぜ小さい文字が「敵」になるのか
    2. 私が愛用している「見る武器」たち
    3. 使い方のコツと正直なデメリット
  3. 秘密兵器②「書かない」という選択——デジタル申請の活用
    1. 手書きを回避できる時代が来ている
    2. マイナポータルを使いこなす
    3. 実際にやってみた——転出届の場合
    4. デジタル申請の注意点とデメリット
  4. 秘密兵器③「助けて」を伝える——代筆願いカードとヘルプカード
    1. 「書けない」は甘えじゃない——代筆制度という権利
    2. 私が作った「代筆願いカード」
    3. ヘルプカード・ヘルプマークの活用
    4. 実際に代筆をお願いした時の話
  5. 3つの秘密兵器を組み合わせる——私の「書類攻略術」
  6. 番外編——私が試して「微妙だった」ものも正直に
    1. 音声入力アプリで下書き作成
    2. 太字のペン・マーカーでの記入
  7. 海外ではどうしてる?——アクセシビリティ先進国の事例
    1. アメリカの「ADA法」と合理的配慮
    2. イギリスの「アクセス・トゥ・ワーク」制度
    3. 北欧のデジタル化最前線
  8. リハビリ職・支援者の方へ——当事者からのお願い
    1. 「書く練習」より「書かなくて済む方法」を一緒に探してほしい
    2. 「代わりにやってあげる」と「一緒に方法を考える」の違い
    3. 「困っている」と言えない人がたくさんいる
  9. まとめ——書類は「敵」から「攻略可能な課題」へ

あの小さな枠が、私の最大の敵だった

「住所をこちらにご記入ください」

窓口でそう言われた瞬間、私の手は震え始める。目の前にあるのは、信じられないほど小さな記入欄。あの狭いスペースに、自分の名前と住所を、しかも「読める字で」書かなければならない。

正直に言います。私にとって、役所の書類は「ラスボス」です。

この記事を読んでいるあなたも、きっと同じような経験があるのではないでしょうか。書類を前にすると頭が真っ白になる。何度書き直しても枠からはみ出る。周りの人が当たり前にこなしていることが、自分にはどうしてもできない。

私は27歳で自閉スペクトラム症(ASD)と限局性学習症(SLD)の診断を受けました。それまでの人生、「なんで私だけできないんだろう」と、何千回も自分を責めてきました。特に書字障害の影響で、文字を書くことは今でも大きな壁です。

でも、今は違います。

書類という「ラスボス」を攻略するための「秘密兵器」を手に入れたからです。

この記事では、私が実際に使っている3つの武器をご紹介します。これを読み終わる頃には、あなたも「次の役所、ちょっと行けるかも」と思えるようになっているはずです。


秘密兵器①「見える」を変える——拡大鏡とリーディングルーペ

なぜ小さい文字が「敵」になるのか

SLDを持つ人の多くは、視覚情報の処理に独特の特性があります。文字が小さいと、脳がその情報を正しく認識するのに余計なエネルギーを使ってしまうのです。

私の場合、小さな記入欄を見ると、まず文字の形がぼやけて見えます。次に、どこに何を書けばいいのか分からなくなる。そして最終的に、パニック状態に陥る。この「見えにくさ」を解決するだけで、書類への恐怖は半減します。

私が愛用している「見る武器」たち

【100均で手に入る拡大鏡】

まずは最初の一歩として、100円ショップの拡大鏡をおすすめします。ダイソーやセリアには、手持ちタイプからシート状のものまで、様々な種類が揃っています。

私のお気に入りは、ダイソーの「A5サイズ シート型ルーペ」(税込110円)です。薄くて軽いので、常にカバンに入れておけます。書類の上にぺたっと置くだけで、文字が約2倍に拡大されます。

【本格派のリーディングルーペ】

もう少し本格的なものが欲しい方には、LEDライト付きのスタンド型ルーペをおすすめします。Amazonで2,000〜5,000円程度で購入できます。

特におすすめなのが、「Fancii LED拡大鏡」シリーズ(約3,500円〜)。3倍・5倍・10倍と倍率を切り替えられ、手元を明るく照らすLEDライト付き。書類記入時だけでなく、細かい作業全般に使えます。

使い方のコツと正直なデメリット

効果的な使い方:

  • 記入前に、まず拡大鏡で書類全体を俯瞰する
  • 記入欄の大きさを確認し、「何文字入るか」を数えておく
  • 書く際は、拡大鏡を少しずらして「書く場所」を確保する

正直なデメリット:

  • シート型は歪みがあり、長時間使用すると目が疲れる
  • 窓口で使うのが恥ずかしいと感じる人もいる(私も最初はそうでした)
  • 根本的な「書く」という作業自体は楽にならない

でも、ここで大切なことをお伝えします。

「恥ずかしい」と思う必要は、本当にありません。

メガネをかけている人が「恥ずかしい」と思わないのと同じです。見えにくいものを見えやすくする道具を使う。ただそれだけのことです。


秘密兵器②「書かない」という選択——デジタル申請の活用

手書きを回避できる時代が来ている

ここで朗報です。今、多くの行政手続きがオンラインで完結できるようになっています。

「え、でも役所ってお堅いイメージがあるし…」

分かります。私も最初はそう思っていました。でも、コロナ禍以降、行政のデジタル化は急速に進んでいます。手書きが苦手な私たちにとって、これは革命的な変化です。

マイナポータルを使いこなす

マイナポータルとは? マイナンバーカードを使って、様々な行政手続きをオンラインで行えるサービスです。スマートフォンやパソコンから24時間いつでもアクセスできます。

マイナポータルでできること(一例):

  • 転出届・転入届の事前申請
  • 児童手当の申請
  • 国民健康保険の各種届出
  • 介護保険の申請
  • 障害福祉サービスの申請

デジタル申請のメリット:

  • キーボード入力なので、文字の大きさや形を気にしなくていい
  • 入力ミスがあればエラーで教えてくれる
  • 自分のペースで、何度でも確認しながら進められる
  • 窓口での待ち時間がゼロになる

実際にやってみた——転出届の場合

先日、引っ越しの際に実際にマイナポータルを使ってみました。その体験をシェアします。

【手順】

  1. マイナポータルアプリをダウンロード
  2. マイナンバーカードをスマホにかざして認証
  3. 「引越し手続き」を選択
  4. 画面の指示に従って必要事項を入力
  5. 送信して完了

所要時間は約15分でした。

以前なら、窓口に行って、緊張しながら書類を書いて、書き間違えて、新しい用紙をもらって…と、2時間以上かかっていたはずです。

デジタル申請の注意点とデメリット

デメリットと対処法:

  • 全ての手続きがオンライン対応ではない →事前に自治体のホームページで確認することが大切です。
  • マイナンバーカードが必須 →まだ持っていない方は、これを機に作成を検討してみてください。カード自体の申請もオンラインでできます。
  • システムの操作に慣れが必要 →最初は戸惑うかもしれませんが、一度覚えてしまえば次からは楽です。
  • 緊急性の高い手続きには不向きな場合も →申請から処理完了まで数日かかることがあります。

【中級者向けコラム】自治体独自のオンラインサービスを調べてみよう

マイナポータル以外にも、各自治体が独自のオンライン申請システムを持っていることがあります。例えば、東京都では「東京共同電子申請・届出サービス」、大阪市では「大阪市行政オンラインシステム」が利用できます。

これらは自治体ごとに対応手続きが異なるため、「◯◯市 オンライン申請」で検索してみてください。意外な手続きがオンライン化されていることがあります。

また、e-Tax(国税庁)を使えば、確定申告も完全オンラインで完結します。私は昨年初めて挑戦しましたが、手書きの申告書を作成するストレスから解放されて、本当に感動しました。

ぴったりサービス(https://app.oss.myna.go.jp/)**というサイトでは、自分の住んでいる自治体で利用可能なオンライン手続きを一覧で確認できます。ブックマークしておくと便利ですよ。


秘密兵器③「助けて」を伝える——代筆願いカードとヘルプカード

「書けない」は甘えじゃない——代筆制度という権利

ここまで読んで、「でも、どうしても手書きが必要な場面はあるよね…」と思った方。その通りです。

デジタル化が進んでも、現時点ではすべての手続きがオンラインで完結するわけではありません。そんな時のための最後の秘密兵器が、「代筆を依頼する」という選択肢です。

知っていましたか?

行政機関には、代筆・代読サービスが用意されています。これは「サービス」というよりも、あなたの権利です。

障害者差別解消法では、行政機関に対して「合理的配慮」の提供が義務付けられています。書字に困難がある人への代筆対応は、この合理的配慮の一つなのです。

私が作った「代筆願いカード」

とはいえ、窓口で「書けません、代筆をお願いします」と言うのは、とてもハードルが高いですよね。

私も最初は言えませんでした。「怠けていると思われるんじゃないか」「説明を求められて、うまく答えられなかったらどうしよう」…そんな不安でいっぱいでした。

そこで作ったのが、「代筆願いカード」です。

【私のカードに書いてある内容】

代筆のお願い

私は限局性学習症(SLD)のため、
文字を書くことに困難があります。
書類への記入について、
代筆をお願いできますと助かります。
ご理解とご協力をお願いいたします。

※必要に応じて障害者手帳をお見せします

このカードを窓口で見せるだけで、口頭で説明するストレスが大幅に減りました。

ヘルプカード・ヘルプマークの活用

ヘルプマークとは? 外見からは分からない障害や困難を抱えている人が、周囲に支援を求めやすくするためのマークです。赤い地に白十字とハートが描かれたデザインで、各自治体で無料配布されています。

ヘルプカードとは? ヘルプマークと一緒に配布されることが多いカードで、自分の困りごとや必要な支援を記入しておけます。

入手方法:

  • お住まいの市区町村の障害福祉課
  • 一部の駅や交通機関の窓口
  • 自治体によってはオンライン申請も可能

私の活用法: ヘルプカードには「書類の記入が苦手です」「ゆっくり説明していただけると助かります」と書いています。カバンの見えるところにつけているので、窓口に行く前から「この人には配慮が必要かもしれない」と伝えることができます。

実際に代筆をお願いした時の話

昔、年金事務所で手続きをした時のことです。

受付で代筆願いカードを見せると、職員の方は慣れた様子で「分かりました、では私が記入しますので、内容を教えていただけますか」と言ってくれました。

その時、私は泣きそうになりました。

何年も一人で抱えてきた困難が、カード一枚で解決した瞬間でした。

「助けて」と言うことは、弱さではありません。適切な支援を受けるための、とても賢い選択です。


3つの秘密兵器を組み合わせる——私の「書類攻略術」

ここまで紹介した3つの武器は、単体でも効果的ですが、組み合わせることでさらに力を発揮します。

【私の攻略パターン】

  1. 事前調査:まず、その手続きがオンラインでできないか確認する
  2. 準備:窓口が必要な場合、ヘルプカードと代筆願いカードを用意
  3. 当日:拡大鏡を持参し、書類の全体像を把握
  4. 記入:自分で書ける部分だけ書き、難しい部分は代筆を依頼

このパターンを確立してから、役所への恐怖は劇的に減りました。

【おすすめアイテムまとめ】

アイテム価格帯入手先おすすめ度
シート型ルーペ110円ダイソー・セリア★★★★☆
LEDスタンド型拡大鏡2,000〜5,000円Amazon・楽天★★★★★
ヘルプマーク・ヘルプカード無料市区町村窓口★★★★★
代筆願いカード(自作)0円自宅プリンター★★★★★

番外編——私が試して「微妙だった」ものも正直に

読者の皆さんに誠実でありたいので、試してみたけれど私にはあまり合わなかったものも紹介します。

音声入力アプリで下書き作成

「書く前に、話して下書きを作ればいいのでは?」と思い、スマホの音声入力機能を使って申請内容を事前にまとめてみました。

結果:微妙でした。

理由は、役所の書類特有の形式(「〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号」のような住所表記など)を音声で正確に入力するのが難しかったからです。変換ミスの修正に時間がかかり、結局手間が増えてしまいました。

ただし、自由記述欄がある申請書(困りごとを書く欄など)では効果的でした。用途を選べば使えるツールです。

太字のペン・マーカーでの記入

「太いペンで書けば、多少の乱れは目立たないのでは?」という仮説のもと、0.7mmのゲルインクボールペンや筆ペンを試しました。

結果:ケースバイケースでした。

確かに細いペンよりは書きやすく感じましたが、小さな枠に太い文字を書くと、今度は文字同士が重なって読めなくなる問題が発生。結局、枠のサイズに合わせてペンを選ぶ必要があり、荷物が増えてしまいました。

私の結論:ペンを工夫するより、代筆を頼んだ方が早い。


海外ではどうしてる?——アクセシビリティ先進国の事例

アメリカの「ADA法」と合理的配慮

アメリカでは1990年に制定されたADA法(Americans with Disabilities Act:障害を持つアメリカ人法)により、行政機関は障害者への合理的配慮を義務付けられています。

具体的には:

  • すべての公的書類に大活字版(Large Print)を用意する義務
  • 代筆・代読サービスの提供
  • オンライン申請のアクセシビリティ基準の遵守

日本よりも30年以上前からこうした取り組みが進んでおり、「書類が書けない」と言うことに対する社会的な理解も深いです。

イギリスの「アクセス・トゥ・ワーク」制度

イギリスには「Access to Work」という政府プログラムがあり、障害のある人が働くために必要な支援を受けられます。この制度では、書類作成の補助者(サポートワーカー)の費用が政府から支給されることもあります。

日本にもこうした制度が広がってほしいと切に願います。

北欧のデジタル化最前線

特にエストニアやデンマークなどの北欧諸国では、行政手続きの99%以上がオンライン化されています。

エストニアでは「e-Estonia」と呼ばれる電子政府システムが整備され、出生届から会社設立まで、ほぼすべての手続きがオンラインで完結します。窓口に行く必要があるのは、結婚届、離婚届、不動産取引の3つだけだと言われています。

日本のマイナポータルも少しずつ進化していますが、まだまだ発展途上。私たち当事者の声を届け続けることで、少しずつ変わっていくことを期待しています。


リハビリ職・支援者の方へ——当事者からのお願い

この記事を読んでくださっている作業療法士さん、言語聴覚士さん、相談支援専門員さん、そしてご家族の皆さんへ。

当事者として、いくつかお伝えしたいことがあります。

「書く練習」より「書かなくて済む方法」を一緒に探してほしい

私たちSLD当事者は、子どもの頃から「もっと練習すれば書けるようになる」と言われ続けてきました。

でも、どれだけ練習しても、脳の特性は変わりません。

練習によって多少の改善はあるかもしれませんが、それには膨大な時間とエネルギーがかかります。そのエネルギーを「書かなくて済む方法を見つける」ことに使った方が、QOL(生活の質)は劇的に上がります。

「代わりにやってあげる」と「一緒に方法を考える」の違い

支援者の方にありがちなのが、「代わりに書いてあげる」というスタンスです。もちろん、その優しさはありがたいのですが、できれば「一緒に方法を考える」という姿勢だとさらに嬉しいです。

なぜなら、支援者がいない場面でも、私たちは生きていかなければならないからです。

「この手続き、オンラインでできるか調べてみようか」 「代筆願いカード、一緒に作ってみる?」

そんな声かけが、私たちの自立を支えてくれます。

「困っている」と言えない人がたくさんいる

私は27歳で診断を受けるまで、自分がSLDだと知りませんでした。「みんなと同じようにできない自分が悪い」と思い込んでいました。

今でも、診断を受けていない人、受けていても言い出せない人がたくさんいます。

窓口で書類の記入に時間がかかっている人がいたら、「よかったら代筆しましょうか」と声をかけてみてください。その一言が、誰かの人生を変えるかもしれません。


まとめ——書類は「敵」から「攻略可能な課題」へ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

最後に、この記事のポイントをまとめます。

【3つの秘密兵器】

  1. 拡大鏡・リーディングルーペ
    • まずは100均のシート型ルーペから始めてみよう
    • 「見える」を変えるだけで、恐怖は半減する
  2. デジタル申請(マイナポータル等)
    • 手書きを「回避する」という選択肢がある
    • オンライン化は今後さらに進む——今から慣れておこう
  3. 代筆願いカード・ヘルプカード
    • 代筆を依頼することは「権利」である
    • 「助けて」と言うことは、とても賢い選択

【覚えておいてほしいこと】

  • 書けないのは、あなたのせいではない
  • 工夫すれば、乗り越えられる壁はたくさんある
  • 助けを求めることは、恥ずかしいことではない

私は今でも、書類を見ると少し緊張します。完全に克服したわけではありません。

でも、以前のように「怖くて動けない」ということはなくなりました。

「書けなくても、生きていける」

そう思えるようになったことが、私にとっての一番の変化です。

この記事が、同じ困難を抱える誰かの「秘密兵器」になれば、こんなに嬉しいことはありません。

次の役所、ちょっとだけ勇気を出して行ってみませんか?

あなたは一人じゃありません。