27歳で診断されて、私は「努力」をやめた。〜3400万の資産は「諦め」から生まれた〜

はじめまして。このブログに辿り着いてくださり、本当にありがとうございます。 管理人の「りゅうぞう」と申します。
まずは、少しだけ自己紹介をさせてください。 私は現在38歳。妻と子供一人と暮らす、どこにでもいそうな父親です。 資産運用が好きで、現在3,400万円ほどの資産を株式中心に運用しています。
こう書くと、「なんだ、ただの数字に強いしっかり者か」と思われるかもしれません。 でも、実態は真逆です。
私は、「自閉スペクトラム症(ASD)」と「限局性学習症(SLD)」という2つの発達障害を持っています。
特にSLDの影響で、私は「計算」が極端に苦手です。 簡単な暗算でお釣りの計算ができずレジでフリーズしたり、アナログ時計の針を見て「あと何分」が瞬時に分からなかったりします。 数字を扱う資産運用をしているのに、計算ができない。 なんだか矛盾していますよね?
でも、この矛盾こそが、私が今日あなたに伝えたい「諦めることの強さ」の正体なんです。
かつての私は、「普通の人ができること」ができるようになろうと必死でした。 でも、27歳で診断を受けて、私はその「努力」をきれいさっぱりやめました。 その代わりに手に入れたのが、今の穏やかな生活と、資産です。
今日は、私がどうやって「できない自分」を許し、強みに変えていったのか。 その泥臭いプロセスと、心が軽くなる考え方について、ゆっくりお話しさせてください。
努力が足りないから、できないんだと思っていた
私が自分の障害に気づいたのは、27歳の時でした。 それまでの20数年間は、まさに「出口のないトンネルの中で、手探りで壁を叩き続けている」ような感覚でした。
学生時代も社会人になってからも、周りの人が当たり前にできることが、私にはできませんでした。
- 「空気を読んで」と言われても、何のことか分からない。(ASD)
- ちょっとしたスケジュールの変更があるだけで、頭が真っ白になってパニックになる。(ASD)
- 事務作業で、何度確認しても数字が合わない。(SLD)
特に辛かったのは、「努力すればなんとかなる」という信仰でした。
「ミスをするのは、気が緩んでいるからだ」 「計算が遅いのは、練習が足りないからだ」 「みんな辛いのに頑張っているんだ、お前だけ甘えるな」
周囲からのそんな言葉を、私はすべて真に受けていました。 いや、誰より私自身が、私を一番責めていました。
「なぜ、自分はこんなにダメな人間なんだろう」 「もっと頑張らなきゃ。もっと、もっと」
睡眠時間を削って確認作業をしても、翌日にはまた同じミスをする。 同僚が10分で終わる集計作業に、1時間かけても終わらない。 劣等感で押しつぶされそうで、毎朝起きるのが怖かった。
自分が「魚」であることに気づかず、必死に「空を飛ぶ練習」をしているような日々。 当然、飛べるはずがありません。でも、飛べない自分を「努力不足だ」と鞭打ち続けていたのです。
27歳、転機。「諦める」は「明らかにする」こと
心身ともに限界が近づいていた27歳の時、あるきっかけで心療内科を受診し、診断名がつきました。
医師から「ASDとSLDの傾向があります」と告げられた時。 普通ならショックを受ける場面なのかもしれません。
でも、私の口から出たのは、長いため息のような**「ああ、よかった」**という言葉でした。
私が怠け者だったわけじゃない。 努力が足りなかったわけじゃない。 私の脳の機能として、「できない」理由があったんだ。
その事実は、私にとって免罪符であり、人生の再スタートの合図でした。
そこで私は、ある決断をしました。 「もう、苦手なことを克服しようとする努力はやめよう」と。
仏教用語に「諦観(ていかん)」という言葉があります。 「諦める」という言葉は、本来「投げ出す」という意味ではありません。 「物事の道理を明らかにして、よく見る」という意味があるそうです。
私は自分の人生を「諦める(明らかにする)」ことにしました。
- 私には、暗算は無理だ。
- 私には、急な予定変更への柔軟な対応は無理だ。
- 私には、空気を読むことは無理だ。
これらを「できないこと」として、リストアップしました。 そして、それらを「克服」するのではなく、「回避」または「道具に頼る」ことに決めたのです。
「計算」を捨てて、「分析」に全振りした
「計算ができない」という事実を受け入れた私は、全ての計算を自分ですることをやめました。 100円の買い物でも、スマホの電卓を使う。 家計の管理も、手書きの家計簿なんて絶対に無理なので、すべてアプリに連携させる。
そうやって「苦手」を手放したことで、私の中にポッカリと空いたスペースがありました。 そこで初めて、自分の「得意」に目が向いたのです。
私の「得意(できること)」は、以下の2つでした。
- 興味のある分野への、異常なほどの集中力(過集中)
- 独自の視点で物事を捉え、パターンを見つけること
これはまさに、ASDの特性のポジティブな側面です。 私はこの特性を、すべて「投資」に向けることにしました。
計算はできません。でも、企業の業績データを見て「この会社は伸びる」と分析することは、時間を忘れるほど没頭できました。 細かい数字の計算はExcelやツールがやってくれます。私がやるべきは、その結果を見て「判断」することだけ。
かつて事務作業でミスを連発していた私は、今、膨大な企業データを分析し、3400万円の資産を管理しています。 もし私が27歳の時に「計算ミスの克服」にこだわり続けていたら、今の資産も、今の平穏な生活もなかったでしょう。
「苦手を克服する努力」をやめて、「得意を伸ばす工夫」に変えた。 ただそれだけのスイッチの切り替えが、私の人生を劇的に変えました。
私の「諦め」を支えてくれた相棒たち(おすすめツール)
ここで、私が「努力をやめる」ために導入した、具体的な「相棒」たちを紹介させてください。 障害特性をカバーし、ストレスを減らすために、私が実際に頼っているものです。
もし、あなたやご家族が似たような困り感を抱えているなら、これらは強力な武器になるはずです。
1. 資産管理アプリ「マネーフォワード ME」
(計算・管理が苦手な人へ) SLD傾向のある私にとって、「いくら使ったか」「今いくらあるか」を把握するのは至難の業です。レシートを集計するなんて拷問に等しい。 このアプリは、銀行口座や証券口座、クレジットカードを連携するだけで、勝手に家計簿を作ってくれます。 「計算しなきゃ」というストレスから解放されたのは、このアプリのおかげです。資産の推移が「グラフ」で見えるので、数字の羅列が苦手な私でも直感的に理解できます。
2. ノイズキャンセリングヘッドホン(Sony WH-1000XM5など)
(聴覚過敏・気が散りやすい人へ) 私はASD特有の「聴覚過敏」があり、周囲の雑音(空調の音、人の話し声)があると思考が停止してしまいます。 投資の分析をするときや、こうしてブログを書くとき、このヘッドホンは必須です。 装着した瞬間に「静寂」が訪れ、自分だけの世界に没入できます。これは単なるオーディオ機器ではなく、私の「精神安定剤」であり「集中力増幅装置」です。
3. スマートウォッチ(Apple Watchなど)
(時間の感覚が掴みにくい人へ) 「あと10分で出かけなきゃ」と思っていても、気づけば時間が過ぎている。そんな失敗を何千回と繰り返しました。 今は、予定の10分前に手首を「振動」で教えてくれる設定にしています。音だと驚いてパニックになることがありますが、優しい振動なら「ハッ」と我に返ることができます。 私の「執事」のような存在です。
「助けて」と言えるようになるまでの過程
ツールを使うことで生活は便利になりました。 でも、一番難しかったのは、人の心の問題です。
「助けて」と言うこと。 これが、私にはどうしてもできませんでした。
「助けて」と言うことは、「私は無能です」と認めることだと思っていたからです。 周囲に迷惑をかけたくない。失望されたくない。 そんなプライドと恐怖が、私の喉を締め付けていました。
でも、診断を受けて「自分にはできないことがある」と認めた時、不思議と妻にこう言えました。
「ごめん、僕、数字の計算がどうしても苦手なんだ。だから家計の細かい支払いの管理はお願いできないかな? その代わり、資産を増やす運用の方は僕が責任を持ってやるから」
妻は、あっけらかんと「いいよ、知ってたし」と笑いました。
その時、肩の荷がどっと降りたのを感じました。 ああ、私は「完全な人間」にならなくてよかったんだ。 凸凹(でこぼこ)のままで、誰かと補い合えばよかったんだ。
「助けて」は、敗北宣言ではありません。 「あなたを信頼しています」という、愛のメッセージでもあったのです。
あなたは一人じゃない
今、この画面の向こうで、かつての私のように苦しんでいるあなたへ。 あるいは、お子さんの将来を案じて不安になっている親御さんへ。
障害受容は、きれいごとでは済みません。 「個性的でいいじゃない」なんて言葉で片付けられないほど、現実の社会は厳しく、冷たく感じることもあるでしょう。 「なんで自分だけ」と、枕を濡らす夜もあると思います。
でも、どうか自分を責めないでください。 あなたが悪いのではありません。 ただ、その場所、その方法が、あなたに合っていないだけかもしれません。
私が38年生きてきて分かったこと。 それは、「逃げてもいい場所には、必ず別の正解がある」ということです。
私は「普通の事務員」という道からは逃げました。 「計算ができる普通の人」になる努力も放棄しました。 その結果、「投資好きのブロガー」という、自分らしい生き方を見つけました。
あなたの「できない」の裏側には、必ず誰にも負けない「できる」が隠れています。 もしくは、あなたが「できない」ことを笑って助けてくれる誰かが、必ずどこかにいます。
このブログは、そんな不器用な私たちが、知恵と工夫で、ちょっとだけ生きやすくなるための場所です。 私の失敗談も、見つけた便利な道具も、資産運用の知識も、すべて包み隠さず発信していきます。
「りゅうぞうさんでも生きていけるんだから、私も大丈夫かも」 そう思ってもらえたら、私がこれまで流してきた悔し涙も、すべて報われる気がします。
ここは、あなたのための「言葉の処方箋」です。 辛くなったらいつでも、ここに帰ってきてください。
不器用なままで、一緒に歩いていきましょう。








