片手だと料理の下ごしらえが逃げていく問題

皆さんはキッチンで、こんな絶望を味わったことはありませんか?

「片手で玉ねぎを切ろうとすると、コロコロ転がったり滑ったりして全然切れない!」 「ドレッシングやハンバーグの種を混ぜようとすると、ボウルがDJのターンテーブルみたいに回ってしまう」

そう、片手での調理、あるいは握力が弱い状態での調理は、食材との「戦い」になりがちです。包丁を持つ手に神経を集中させたいのに、食材を押さえる手がない(あるいは動かない)ために、まな板の上で食材が逃走を図るのです。

これは単に「不便」なだけではありません。滑った拍子に包丁で怪我をするリスクもあり、心理的にも「料理=怖い、疲れる」という図式ができあがってしまいます。

でも、安心してください。この「食材逃走問題」と「ボウル回転問題」は、道具の力で物理的に解決できます。


障害者総合支援法と「日常生活用具」の基礎知識

具体的な道具の紹介に入る前に、少しだけ真面目だけど、とっっっても大切なお金と法律の話をさせてください。知っているだけで損をしない情報です。

皆さんは、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」という長い名前の法律をご存知でしょうか? 2013年(平成25年)に施行されたこの法律は、障害のある人が住み慣れた地域で自分らしく暮らすための支援を定めたものです。

初心者向け解説:日常生活用具ってなに?

この法律の中には、「日常生活用具給付等事業」という制度が含まれています。 簡単に言うと、「障害があって生活に不便があるなら、それを助ける道具を買うお金を自治体が補助しますよ」という仕組みです。

  • 専門用語解説:自助具(じじょぐ) 英語では「Self-help devices」と言います。身体の不自由な部分を補い、自分で動作を行えるように工夫された道具のことです。今回のテーマである「釘付きまな板」もこれに含まれます。

制度活用のポイント

多くの自治体では、障害者手帳を持っている方を対象に、特殊な調理器具や入浴補助具などの購入費用の9割(所得による)を公費で負担してくれる場合があります。 ただし、ここで注意点があります。

  1. 自治体によって対象品目が違う: 「釘付きまな板」が給付対象になる市町村もあれば、対象外のところもあります。
  2. 購入前の申請が鉄則: 買ってからレシートを持って行ってもダメなケースがほとんどです。「見積書」をもらって役所に申請し、許可が降りてから購入する流れが一般的です。

まずは、お住まいの市町村の障害福祉課の窓口か、担当のケアマネージャー、相談支援専門員に「調理のための自助具は給付対象になりますか?」と聞いてみましょう。


【コラム】マニアックな視点:ユニバーサルデザインと3Dプリンタ革命

ここで、少し深掘りしたマニアックな話を挟みます。 最近、私は「3Dプリンタ」という魔法の杖に注目しています。

海外の事例: 実は、自助具の世界では「メーカーが作ったものを買う」から「自分に合うものをデータで作る」時代へシフトしつつあります。世界的なプラットフォームである「Thingiverse」や「Makers Making Change」といったサイトでは、有志のエンジニアや作業療法士が作った「片手でペットボトルのキャップを開けるオープナー」「包丁の柄を握りやすくするアタッチメント」の3Dデータが無料で公開されています。

これをダウンロードして、自宅や地域のファブスペース(3Dプリンタがある施設)で出力すれば、数百円の材料費で自分だけの道具が手に入るのです。

また、北欧(特にスウェーデン)では、福祉用具が「病院っぽいデザイン」ではなく、IKEAの家具のように「おしゃれで機能的」であることが当たり前です。日本でも最近、グッドデザイン賞を受賞するようなスタイリッシュな自助具が増えてきました。「障害があるから使う」のではなく、「便利だから使う」。これが本当のユニバーサルデザインですよね。


料理の「戦い」を終わらせる3つの神器

さて、ここからは私の体験と、リサーチに基づいた具体的な解決策(アイテム)を紹介します。

私自身、ASDによる不器用さ(発達性協調運動症のような症状)があり、左手で食材を押さえながら右手で切るという「両手の協調動作」が大の苦手です。意識が散漫になるとすぐに手を切ってしまいます。そんな私が「これは革命だ!」と感じたアイテムたちです。

1. 釘付きまな板(ワンハンド調理板)

これが今回の主役です。見た目はちょっと怖いかもしれませんが、効果は絶大です。

  • どんなもの? 木製やプラスチック製のまな板の端に、ステンレス製のスパイク(釘)が数本飛び出しています。また、コーナーにパンの耳などを固定できるL字の枠がついているものもあります。
  • 使い方のコツ
    1. まな板を濡れ布巾などの上に置き、固定します。
    2. じゃがいもや玉ねぎなどの野菜を、スパイクにグサッと刺します
    3. 野菜が固定されるので、片手で包丁を持って皮をむいたり、半分に切ったりできます。
  • ここがすごい! 食材が物理的にロックされるので、「逃げる野菜」を追いかける必要がなくなります。片麻痺の方だけでなく、私のように「手元を見続ける集中力が続かない」タイプの人にも、安全確保のために非常におすすめです。

2. ノンスリップマット(すべり止めマット)

地味ですが、最強のサポーターです。

  • どんなもの? シリコン製や特殊なゴム素材(ダイセムなど)のマットです。100円ショップで売っている網状のものから、医療用の高機能なものまであります。
  • 使い方のコツ
    • ボウルの下に敷く: 卵を溶いたり、ハンバーグを捏ねたりする時、片手で混ぜてもボウルが微動だにしなくなります。
    • 瓶のフタ開けに: マットで瓶を包んで回すと、少ない握力で開けられます。
  • りゅうぞうの体験談 私は最初、これを軽視していました。「濡れ雑巾でいいじゃん」と。でも、専用のノンスリップマットの摩擦力は別次元です。ボウルが「接着された!?」と思うほど動かなくなります。これを使うだけで、料理のストレスが半分以下になりました。

3. 電動チョッパー(フードプロセッサー)

これは「魔法の杖」そのものです。

  • どんなもの? 食材を入れてボタンを押すだけで、みじん切りやペーストにしてくれる家電です。最近はコードレスで小型のものも増えています。
  • 使い方のコツ 大雑把に切った野菜(釘付きまな板で半分に切ったものなど)を放り込み、数秒プッシュするだけ。
  • メリット 包丁を使う時間を極限まで減らせます。「切る」という高難易度な動作を、「ボタンを押す」という単純動作に変換できるのです。

要点まとめ:今日からできる「キッチンのバリアフリー化」

ここまでの内容をリスト形式で整理します。

  1. 悩み: 片手調理は「食材が逃げる」「ボウルが回る」のが最大のストレス。
  2. 法律の知識: 「障害者総合支援法」の日常生活用具給付等事業を使えば、費用の補助を受けられる可能性がある(まずは役所へ相談!)。
  3. 解決策① 釘付きまな板: 野菜を串刺しにして固定。皮むきやカットを片手で安全に行える。
  4. 解決策② ノンスリップマット: ボウルの下に敷くだけで回転を防ぐ。瓶の蓋開けにも使える万能選手。
  5. 解決策③ 電動チョッパー: 「切る」動作を機械に任せて、包丁を使うリスクと時間を減らす。

最後に:道具を使うことは「甘え」じゃない

最後に、私の個人的な想いを書かせてください。

以前の私は、「便利な道具を使うと、自分自身が退化してしまうんじゃないか」「リハビリのためには苦労してでも普通の道具を使うべきじゃないか」と考えていました。 周囲からも「工夫して頑張ればできるよ」と言われることがありました。

でも、日常生活は訓練の場ではありません。あなたがあなたらしく、心地よく過ごすための時間です。

釘付きまな板を使えば、30分かかっていた玉ねぎのみじん切りが5分で終わるかもしれません。浮いた25分と、消耗せずに済んだ精神力で、あなたはもっと別の楽しいこと、例えば出来上がった料理を大切な人と笑顔で食べる時間に使うことができます。

眼鏡をかける人を「甘えている」と言う人がいないように、私たちも堂々と「便利な道具」を使いましょう。 それが、テクノロジーという名の現代の魔法です。

もし、あなたが「こんな道具を使ってみたら便利だったよ!」という体験談や、「この申請方法は難しかった」などのリアルな情報を持っていたら、ぜひコメント欄やSNSで教えてください。あなたのその情報が、誰かの生活を劇的に変えるヒントになるかもしれません。

管理人のりゅうぞうでした。また次回の記事でお会いしましょう!